dzweb8823’s blog

中学校に勤務しています。毎朝黒板にメッセージを書き、アップしています。

国語が大切な理由

最近、中田敦彦YouTube大学にハマっています。その中で、新井 紀子さんの「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の紹介動画がありました。その中で、これからの時代はコミュニケーション能力や読解力が求められることが言及されていました。

参考URL

前編

https://youtu.be/gAyrTdnFF94

後編

https://youtu.be/QIVNy4Xx-Qk

 

例えば、動画ではこんな問題が出されていました。

 

帽子を被っていないのは全て女の子だった。スニーカーを履いていない男の子はいなかった。

 

上の文と同じ意味を表した文は、次の中にいくつあるか?

①女の子は全員帽子を被っていない。

②男の子も女の子も全員スニーカーを履いている。

 

 

答えは両方とも違うため、ゼロ。帽子を被っていない人を見ていくと、その人たちは女の子だったものの、帽子を被っている人には注目しておらず、帽子を被った女の子がいなかったとは言い切れないからです。また、男の子は全員スニーカーを履いていたことは間違いありませんが、女の子については分からないのです。

これからはこういった文脈を捉える力が求められると聞き、これからの授業の在り方を深く考えさせられました。国語の力の大切さを伝え、伸ばすという使命をもつ我々にとっては喫緊の課題です。

部活動自粛

先ほど担当の先生から連絡がありました。

今日午前時点での決定事項です。

我が市では、始業式以降を部活動再開の目安とする。

お隣の市は3校とも、4月末まで活動自粛。

我が市の北西方向に位置する市では、GW明けまで活動自粛。

県庁所在地は新学期から再開。

 

よって春の大会は中止だそう。部活動はいつ再開するのやら。

幸せについて考える

人と接する中でうまくいかないことはよくあります。そんな時、他人を自分の思う通りに変えたいと思ってしまいがちです。大抵は怒って、従わせようとして、かえって反発を招くことも。

だから「辛い」のだと思います。自分の中で区切りをつけることで(横の線を書き入れることで)「幸せ」になります。区切りとは、自分が変わろうとすること、他人を許容することです。

幸せを話題にした時、必ず出てくるのがお金です。お金を持っていると幸せになるように考える人もいますが、私はそうは思いません。お金は幸せの一部に過ぎないのです。日本のお金、すなわち円は「¥」と書きます。この記号は「幸せ」という文字に入っています。そしてこの「幸」という漢字自体は、手枷や刑罰を表すのだそう。お金に振り回されることなく、お金をいかにうまく使うかが幸せに繋がるのです。

最後に、ひらがなにしてみると「しあわせ」この言葉の語源は「為+合わせる」でめぐり合わせを表します。また当て字で「仕合わせ」と書くこともあります。結婚式で神父さんが言う「結婚とは、お互いに尽くし合うことに喜びを感じることである」とはまさにこのことだと感じます。誰かのために、自分のできることを尽くす。「幸せ」にはそんな意味が含まれているように思います。

伝わらない恐怖、伝えられないもどかしさ

久々に教え子に会いました。私に会いに来るということは、何か悩みや不安があるに違いないと思っていました。悩みの内容は置いておいて、話す中で気づいたことがあります。

 

前向きな言葉は、言葉そのものではなく、普段の考え方である。

 

少し分かりにくいので例を基に説明します。例えば、彼女のように、中学生の時には周りに気にかけてくれる人や支えてくれる人がいたのに、高校へ進学してからなかなかそういう人に出会わなかったとします。普通なら、周りが自分のことを見てくれていないとか、自分は1人ではやっていけないのだと落ち込んでしまいます。でも私は、どちらも思いません。中学校時代が、補助輪付きの自転車、高校時代が自転車のように、ようやく今一人前に自転車が乗れるように練習するステップに進んだ、と考えるのです。

今日会いに来てくれた彼女はきっとこの「考え方」の部分に、少なからず「前向きさ」を感じ取ったのだろうと思います。(真実は定かではありませんが。)世間ではよく、前向きなことを考えようとか、前向きな言葉をかけようと言いますが、そんなことは簡単にはできません。でも、今置かれた劣悪な環境(だと自分が信じている状況)の中で、今はきっと最高の前の苦しい時期なんだ。後々この時期を思い返して懐かしいと思える時が来るんだと客観的に見ることができればもっと気持ちが楽になると思います。私はこれから大変な環境や場面に出会すでしょう。しかし、その度に、今の生き方を大切に過ごしていきたいなと思います。

部活動は本当に悪なのか?

今回はシリーズ完結編です。

私が受け持った部活動は、バドミントン、JRCソフトボールの3つです。私は元々部活動が嫌で高校の先生になったので、初めは部活動軽視でした。実際バドミントン部時代(1年目)は副顧問だったこともあり、ほとんど顔を出しませんでした。

次の年からJuniorRedCross(青少年赤十字)部の主顧問となり、指導者講習会にも参加し、部活動の本質を知りました。

部活動は、普段の生活とは違う生徒の姿を見られるということ、1つのことに打ち込んで人間的に成長できること。

特にこのJRCは、今の教員生活の根本と言っても過言ではないほどの影響力をもちました。愛知県の指導者講習会の指導者や、全国の赤十字加盟校の高校生とともに6泊7日の合宿で指導者の経験もできました。この部活動なら定年までやってもいい。そう思った矢先に中学校行きが決まりました。

次の部活動は、ソフトボール部。前任者が土日休みなく朝から夕方まで熱心にされていたこともあり、練習時間の少なさに批判され、地域の方が練習の手伝いをすると言って集まり、その方同士でトラブルが起き…中学校部活動の難しさを痛感しました。そんな時に、時の教頭先生がこんなことを教えてくださいました。

ソフトボールを教えるのではなく、ソフトボールで教えるのが大事だ。

その時に、今まで自分がやってきたことはボランティアを通して学んだ「意識」の大切さを伝えようと気づいたのです。もちろん毎日のようにバッティングセンターに通いながら、ノックの練習をしました。

これらのことを思い返してみると、確かに部活動の顧問を務めることは、長時間労働の原因の1つであって、とてつもない負担感を覚えるものではありますが、同時に生徒の成長を支える1つの手段なのだろうと思います。在り方が今後変わっていくのだろうと思いますが、先生も1つは専門をもって、指導に携われると良いのかなと思います。

NO.199「先生という仕事」

おはようございます。今日が2年5組最後の日ですね。もう全員で集まることは2度とありませんが、それぞれの新しいクラスで、一生思い出に残る1年間を作ってください。私の憧れの人の話をします。その方は、高校3年時の担任の先生です。その先生は、高校生活に大きな影響を与えたわけではありません。その先生のすごさを感じたのは、大学受験に失敗した時でした。私は当時、第一志望の大学へ合格することしか考えていませんでした。でも先生は、失敗したとしても「先生になる」という目標を見失わないように進路を勧めてくれていたのです。この瞬間、先生とは、「目の前にその人がいなくなったとしても、頑張れるようにしておいてくれる存在」だと知ったのです。この中には、もう私が担任をもてないという人が何人もいます。もしわたしと離れた時に「上手くいかない」とか「去年の方が良かった」と思うなら、私の指導力不足のせいです。早く私のことを忘れて、新しい担任の先生の言うことを信じて頑張ってください。もしかしたら目の前の先生の言うことが今信じられないのかも。それでも数年後に(私も含め)先生の言うことの意味が分かる時が来るのです。

 

令和2年3月24日 最後の黒板メッセージ