◯原文
欲 此 飛 山 悠 采 心 問 而 結
弁 中 鳥 気 然 菊 遠 君 無 盧
已 有 相 日 見 東 地 何 車 在
忘 真 与 夕 南 籬 自 能 馬 人
言 意 環 佳 山 下 偏 爾 喧 境
◯書き下し文
廬を結んで人境に在り
而も車馬の喧しき無し
君に問う何ぞ能く爾るやと
心遠ければ地自から偏なり
菊を採る東籬の下
悠然として南山を見る
山気日夕に佳く
飛鳥 相与に還る
此の中に真意有り
弁ぜんと欲して已に言を忘る
◯現代語訳
人里の中に粗末な家を建てて、暮らしている
しかし、貴族や高官たちの乗る車や馬の騒がしさはない
君にたずねよう、どうしてそんな生活ができるのか、と
心が世俗から離れていれば、住み家もおのずと辺鄙(へんぴ)になるのだ
菊を東の垣根のあたりで採り、
ゆったりとした気分で南山(廬山のこと)をながめる
山の空気は、夕暮れに美しく、
鳥たちがつれだって巣に帰っていく
この変わることのない眼前の景色にこそ、人生の真意があるのだ
それを言葉にして伝えようとすると、すでにふさわしい言葉を失っているのだ
〇夏目漱石の言及
夏目漱石は「草枕」の中で、「採菊…」の部分を引用して「うれしい事に東洋の詩歌にはそこを解脱したのがある」つまり、東洋詩には俗世間のわずらわしさを忘れさせてくれるものがあると評しています。
〇作者の生きた時代
北(西晋)から南に逃げてきた貴族が権力を握った時代で、作者陶淵明は幕僚として王族や将軍たちに仕えました。また、この時代は「儒教」「仏教」「道教」の三教が混交していた時代でもあって、陶淵明は「死」を安息、「生」を息苦しいものと捉えていたのだそう。
この作品が作られたのは、東晋の時代の中でも朝廷が不安定であった時で、静かなゆったりとした環境を想像させる内容とは裏腹に大動乱の中書かれた作品だといいます。
〇「鳥」や「雲」のイメージ
作品内では鳥が巣に帰っていくように、自由に飛び回るイメージがあります。この鳥とは対照的に、陶淵明は足が不自由で、出かけるたびに息子たちや身内の者が担いでくれたという環境でした。
〇最後に
今回で全7講義は終了です。最後の作品も、一見、のんびりとした生活風景を詠ったようですが、時代背景や本人の置かれた環境を見ると、違った見方ができます。これから漢文を授業で扱うときには言葉をそのまま受け取るのではなく、時代背景や言葉の意味をしっかりと調べたうえで作品に親しんでいければと思いました。