無常観

こんばんは。今月末、方丈記を題材とした研究授業が決まっています。方丈記といえば、私が教育実習で行なった思い出の単元です。そこで今回は無常観についてお話しします。

無常観とは、簡単に言えば「世の中のもの全ては変化する。不変のものは存在しない。」という考え方です。方丈記ではそれを厭世的に、つまり「だからもう何にもやんなくていいよー」と述べ、徒然草では感傷的に、つまり「しみじみともの寂しさを感じちゃうなぁ」と述べています。他にも平家物語、人間五十年で有名な敦盛などでも貫かれている考え方なのですが、この無常観はそれだけの意味ではありません。

実は、形が失われていくそんな所にも、ものの美しさを感じてしまうという日本人の美意識が隠れているのです。これはあくまで一説です。例えば日本人が好きな桜は、咲くまでに「まだかなまだかな」と私たちをワクワクさせ、1つ花が咲くと「もう少しで満開だね。もうこんなに綺麗だ。」と感動し、満開の頃には「風よ吹くな。雨よ降るな。1日でも長く見たい。」と願い、散り始めの頃は「花びらが舞う姿も美しい。」としみじみ感じ入ってしまいます。

この最後に述べた散り始めの姿は、まさに無常観を表しており、最盛期を過ぎて失われていってもなお美しいと感じる独特の感性があるのです。

女性もそうですね。最初はスカートが可愛らしい、美しいと感じられていたのが、段々年を重ねると着物が似合う色っぽさを持つようになり、腰が曲がっても凛とした姿に感動を覚えてしまいます。男性もそういった面はありますが、女性ほどの魅力はないように思います。

姿形が変わっても、それがまた良いと感じられる人、そんな人になりたいですね。