仏様の指

仏様がある時、道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱい積んだ車を引いて通りかかった。そこはたいへんなぬかるみであった。車は、そのぬかるみにはまってしまって、男が懸命に引くけれども、車は動こうともしない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたっても、どうしても車は抜けない。その時、仏様は、しばらく男のようすを見ていらしたが、ちょっと指でその車におふれになった。その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、からからと男は引いてしまった。

この話は、大村はま先生の『教えるということ』で取り上げられている奥田先生から教えられた話です。
ここでは、男が自分の力でついに大きな壁を乗り越えたと勘違いしたことに重点を置きます。もしこれが、仏様の力だと分かったら、仏様に対する信仰心はあつくなるものの、自分の能力は高まりません。その点、仏様の力とは知らずに成功を収めた彼は大きな成長を感じたのでした。
これは教育に大きく関わってきます。何何先生のおかげで、とか先生がいたからこそみたいな言葉をかけられると教師冥利につきるなと思います。でもそれは、もしかしたら思い上がりなのではないか。卒業してから5年後、10年後、初めて先生の思いが分かったり、最後まで分からなかったりするのが理想なのではないかと思うようになりました。
本音は感謝されたいですけどね。