読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

生徒から見た先生

こんばんは。昨日生徒と、先生の評判について話をしていました。建前だと思いますが、先生は一生懸命な良い先生ですとも言ってもらいました。例え嘘でも嬉しかったです。

彼ら(彼女ら)の話を聞くと、先生に不満を持つ瞬間で圧倒的に多いのは、面倒くさがる反応をされた時のようです。先生の仕事は、決まった仕事に加えて突発的な出来事に対しての仕事もあります。例えば、明日期限の書類を作成しようと座ったら、国語の勉強を教えてくださいと生徒が言ってきて、行こうとしたら外部から電話が来て対応に追われるといった具合です。こちらが仮に忙しくて、話す余裕がなくても、生徒の方は悩みに悩んで相談に来るため無下にはできません。それを頭で分かっていてもなかなか話をじっくり聞くところまではいけないのです。でもそれが評判につながっているとは無情なことです。読者の方に勘違いしてもらいたくないので言いますが、決して私は生徒の理想とする教師になるべきだとは思っていません。でも、意を決して私の元へ来た生徒を何も考えずに突き返してしまうのはいけないなと反省したのです。

昨日話していた生徒曰く、先生は対応できなかったときに謝るから良いんだよとフォローを入れてくれましたが、生徒を第一に考えるならばいつ何時でも話ができるぐらいの余裕を持たなければならないと思いました。

追加でもう1つの話を紹介しましょう。私の尊敬する大師匠は、75歳になった今でも教え子からの連絡に一つひとつ丁寧に答えているそうです。大学講師時代にお世話になった私にも丁寧な手紙を送ってくださるほどです。大師匠の姿を見て、大切なことは卒業してからもずっと教え子として彼ら(彼女ら)の先生としていることだと気づきました。卒業したからといって縁を切るのではなく、いつまでも困った時には気軽に相談に乗れるそんな存在になりたいなと思っています。

褒めちぎる教習所は本当に時代に合っているのか?

こんばんは。センター試験が無事終わりましたね。私は寒さに震え、アスファルトの上でヘッドスライディングを決め、両手に大きな傷を負いました。皿洗いができませんでした。ごめんなさい。

さて、テーマにあるものはフジテレビのフルタチさんで扱われていたものです。詳しく説明すると、今の若者は叱られたくなく、車離れ、少子化が進んでいるため、褒めることで成績を伸ばす教習所が出てきたようなのです。実際に受講者も合格率も伸びているため、間違ったことではないように思われます。

ただ、この方法が時代に合っているという考えには私は納得いきません。それならば叱る先生たちを否定することになるからです。

自分が高校生の時や、今の高校生の話では、叱られた理由がはっきりしない、基準がわからない先生に対しては反発心を持ってしまいますが、それ以外は叱られて良かったと思うのです。

私の尊敬する先生は、怒ってもいいとも言われました。叱ることは、その人のためを思って間違いを指摘することですが、怒ることは感情的になることです。本当に悪いことをした時、もうこんなこと二度とするもんか!という気持ちを強く持たせるためには、波平さんのようなカミナリも必要なのかもしれません。

ただ、怒鳴ることに関しては悩んでいます。生徒によっては前向きに働くこともありますが、トラウマに感じたりそこから保護者との信頼関係が崩れたりするおそれがあるからです。私が怒鳴る基準は、完全に部屋の広さです。狭い部屋では決して怒鳴りません。あ、怒鳴ったことはありますが、怒鳴らないようにしています。体育館や視聴覚室などの広い部屋では本気で怒鳴ります。

叱る、怒る、怒鳴る。褒めるとともに教育において考えさせられる行動の1つに間違いはないようです。

センター試験

こんばんは。今日はセンター試験でした。私の感覚では地歴公民2科目受験から始まるのがセンター試験だと思っていましたが、必ずしもそうではないようです。

私が約10年前にセンター試験を受けた時には、とにかく必死でした。だんだん疲れてきて、それでも目の前の問題を解き切らなければならなくて、本当にしんどかった思い出があります。自己採点も、思うように古典の点数が取れず落ち込んでしまったことだけを鮮明に覚えています。

そんな時、モチベーションにつながっていたのは、当時目指していた大学のプロモーションビデオでした。大学の楽しそうな学生の姿を見て、自分もこの大学へ4月から行くんだという気持ちで頑張りました。

結局その大学へは行けず、落ち込んでしまいましたが、その時に何とか最後までやろうと努力した経験は今の自分の前向きさにつながっています。

私のクラスの生徒には、どんな結果が来ても将来に向けて前向きに頑張って欲しいと願うばかりです。第一志望合格はもちろんですが。

 

AI教師は脅威か?

こんばんは。先程ぼーっとNHKニュースを見ていたら、AI教師のニュースが取り上げられていました。以下の記事はNHKではないですが、その内容です。

 

https://r25.jp/it/00052246/

 

AIは発展を続け、やがて人間はAIに操られる時代がやってくると言われており、危機感を抱く人も少なからずいます。一方この記事を読むと、教師の多忙さを軽減する役割を果たすため、活躍が期待されると述べています。AIがどこまで進化し続けるかは分かりませんが、私たち「人間」教師の役割は、やはり目の前の人のために何ができるかを自分たちも模索し、生徒たちにも考えさせることなのだろうと考えています。

今は近くにいてもスマホで会話をする時代です。それは、10年前に流行った「略語を使って自分たちだけで会話を楽しむ」ような感覚に似たものだと思っていました。しかし、最近では生身の人間と話すことを避ける人が多くなり、昼休みの時間も友達と話さずひたすらスマホゲームをやり続ける生徒も多く見受けられるようになりました。

もし仮に知識的な学習が全てAIに奪われたとしたら、私たち「人間」教師は胸を張って、人との繋がりを大切にしなさいだとか、直接話をたくさん聞いて自分の意見を話して、コミュニケーションを取りなさいと指導できるのでしょうか?これはAIに仕事が奪われなかったとしても問題意識として持ち続けるべきものだと考えます。

人との繋がりの大切さを感じ、伝えられるために、20代から色んな所に顔を出しておこう。そう決意を新たにした瞬間でした。

小説 君の名は。

こんなにも昨年話題になっていたのに、小説はおろか、映画さえ観ていなかったので、小説→映画の順で観ようと思いました。映画は一人で行くのが寂しいので、一緒に行ってくれる人を探しています。映画が間に合わなかったらDVD買います。

内容はネタバレになってしまうので話しませんが、考えたことをお話いたします。普通に生活していて、自分は経験したことがないのに、あたかも経験したことがあるかのような感覚を持つことがあります。例えば、ネクタイを初めて締めたとき、普通の人は息苦しさを感じるのだと言いますが、私は不思議と落ち着きました。また、父親がこどもの頃にこの学校行きたいなと思った大学を、示し合わせもなく受験することになり、父親が驚いたということもありました。

理系の友達には理解されないことですが、全てそこには科学では証明できないような超常現象が起こっているような気がするのです。皆さんはそんな経験ありませんか?

医師のつくった「頭のよさテスト」

同僚の先生からお借りした本です。

とても難しい内容だったので時間がかかってしまいました。

人には認知特性があり、それを把握して活かせる仕事に就いていれば能力が発揮されるという内容でした。6つある特性は①視覚優位者 写真タイプ②視覚優位者 三次元映像タイプ③言語優位者 言語映像タイプ④言語優位者 言語抽象タイプ⑤聴覚優位者 聴覚言語タイプ⑥聴覚優位者 聴覚&音タイプです。

私は診断テストを行なった時に複数当てはまったので、つまらないなぁと思ってしまいましたが、そうではありませんでした。要するに様々な手段で記憶したり頭を使っているということだそうです。例えば、私が10以上の落語を覚える時は、ひたすらエンドレスで聴き続けることで頭の中に何分頃にどんな場面が出てくるかを暗記できた経験もあれば、人と会話したことが5年経った今でも録画のように映像再生できた経験もありました。

ただ、国語科教員として致命的なことがありました。それは文章を目で何度見てもそれがどこに書いてあったかだとか、どんな内容だったかを記憶できないのです。これでは現代文は問題を解けませんね。笑

それでも問題を解けているのは、やはり言葉をすぐに別の形に置き換えて記憶しているのかもしれません。自分のことを理解し切る所まではいけませんでしたが、自分がどんな認知特性があり、どうやったらもっと上手く色んなことをこなせるようになるかをもっと考えてみようかなと思うきっかけとなりました。

2年目

あけましておめでとうございます。

このブログを始めてからちょうど1年になりました。年始に相応しく、どんな1年にしたいかをお話いたします。

昨年は占い師によると、大成の年でした。今までやってきたことが全て身を結ぶ年だということだったようです。

しかし現実には我慢の年でした。思うように自分も周りの人間も動かず苦しい思いばかり感じていました。ただ、去年よりはとか、2、3年前よりはと思いながらやれていたのも事実であったため、成長はしているのかなと思いました。

今年は様々なことが変化していく年にしたいと考えています。住む場所も、働く環境も、今ある人間関係を広げたり深めたりすることもあるのかもしれません。今までやってきたことが今年こそ大成するように頑張ります。今年もよろしくお願いします。