発表会に臨む前に

◯全体へ向けて

私は去年まで発表の指導をやってきました。その経験を生かして、発表会の前に少しだけ時間をもらって発表を聞く時に心がけてほしいことを話したいと思います。そのためにワークシートも用意しました。見てください。そこには2つ、心がけてほしいことを載せました。

1つ目は、発表会の雰囲気を作ってほしいということです。例えば、発表の最初と最後の拍手、笑ってほしい所で笑うこと、聞いてほしい真剣な話の時にうんうんとあいづちを打つことです。今こうやって話をしている時にもうんうんと頷いてくれている人いますよね。こういうのを見ると、あぁ話聞いてくれてるなって話す側の人は安心するのです。

そして、ちょっと顔をあげて。はい、こういう風に目が合うと、みんな話を聞いてくれてるなって伝わってきます。ぜひ発表する人のことを見てください。

2つ目は、発表する人が何を伝えたいと思って話しているかを考えながら話を聞くことです。最初から最後まで全てを聞こうとすると疲れてしまいます。この言葉いいな、この言葉初めて聞いたなってものはぜひ手元のワークシートにメモしてください。文で書く必要はありません。単語で構わないのでメモを取りながら聞くと発表を聞いていて新しい発見があるかもしれません。

ということで、雰囲気づくりと伝えたいことを考えながら話を聞く、ぜひ実践してください。

 

◯教室に戻ってから

プレゼンテーションにはいろんなパターンがありますが、うちのクラスの代表グループはしっかりとテーマに沿った発表ができていてとても良かったです。代表のみんなありがとうございました。

ワークシートがまだ途中の人が多いと思います。なぜ今回感想を書かせているかというと、自分の思いとともに記録を残すと、今日学んだことが頭に残りやすいからです。どんなことでも楽しいとか、嬉しいとか、感動したとか感情とともに覚えたことはなかなか忘れません。しっかりと今日学んだこと、感じたことをワークシートにじっくり書いてください。

 

部活動への思い

私は少年野球、中学校含め8年間野球をやって来ました。少年野球の時は、毎回試合に出してもらってひたすら野球のことばかり考えて過ごして、バッティングセンターにもたくさん通いました。

中学校に入り、顧問の先生から実力がなければレギュラーにはなれないと言われ1年生の時にはがむしゃらに頑張りましたが、自分よりもセンスがある同級生や後輩がたくさん居て、レギュラーはもちろん、試合に出るチャンスすらありませんでした。3年生になってもレギュラーのためのボール拾いの日々、ある時頑張りが認められてスコアラーとしてベンチに入ることができましたが、それ以外はベンチに入ることさえありませんでした。そして引退が決まった時、もう野球は2度とやるかと決意しました。

今、ソフトボールの顧問として立っているのは心の底からやりたいという気持ちではなく、子どもたちが嫌々ソフトをやらないように何とかしたいと思う気持ちからです。だから、私は実力よりも学年を優先させて試合に出したいと思います。ただ、チャンスを与えた時に必死さがない上級生や、逆にチャンスがない中でも必死に自分のやれることをやる下級生はどんどん試合に出してやりたいと思っています。

私自身不勉強で、不満に思われる方がたくさんいらっしゃると思います。何か気になることがあれば何でも教えてください。私の考えが絶対だとは思っていませんので。これが私の方針です。

 

表現はだいぶ変わっていますが…

平成29年5月28日 部活動懇談会にて

◯◯◯

世の中で一番大切なもの、それは◯◯◯だと思います。私の専門科目である国語は答えとなる部分に◯◯◯、答えを導き出します。

人として当たり前にできること、これを常識と言います。言い換えれば、人がこれをされて嬉しい、不快になるという事実に◯◯◯、それを理解することです。

大学へ入ってから、奨学金の掲示が何の予告もなく貼られていました。大学生は◯◯◯の力がないといけないという事実を初めて教わったような気がしました。

私は青少年赤十字の態度目標として習ったものは、◯◯◯、考え、実行する、です。どのような行動も直感のみでなく、◯◯◯を基にする必要があります。

今このブログを読んだ後、自分の身の回りに、こうすればもっと使いやすくなるなとか、もっとキレイになるなと思う部分を探すと、きっとたくさんのことに◯◯◯ます。

あなたは◯に入る言葉に◯◯◯ましたか?

青少年赤十字のこと

今日は愛知県の青少年赤十字高校メンバー連絡会へ参加しました。久々の高校生と思っていましたが、1年生を見ると、中学生とそんなに変わらないなぁと思い、不思議な気持ちになりました。

さて、今日のテーマは災害でした。東北の方々は被災された時に全てを自分の手で元に戻そうとする我慢強さが逆にボランティアの邪魔をした話を聞き、いざという時に助けてもらおうとする私たちの考えとの差に愕然としました。また、その人々のために、ボランティア活動の宣伝をするボランティアがあったとも聞き、自分たちでは想像できない必要性があることを再認識しました。いつかは自分たちも被災者になる、そんなことを想像しながら聞く被災地ボランティアの方の話はとても印象的でした。

数ある中一番印象に残った言葉が「自分の健康、安全を確保してから行動すること」というものです。人のために頑張ろうとするあまり、自分が体調を崩してしまっては、かえって迷惑をかけることになります。そうならないように行動するためにはどうしたら良いか?もし今度ボランティアについて話をする機会があれば、その大切さを伝えたいなと思いました。

何やかんや言っても、私がボランティアに携わる機会は(仕事としては)ありません。自分は何ものであって、何のために、何に向かって、何を学ぶべきか。その答えを見つけるため、日々何度も自問自答しています。

人のため、自分のため

自分のために生きてきた自分が、本気で人のために生きようと決意したのは社会人2年目のこと。当時の上司が全国大会の実行委員長として働く姿を見てからでした。

全国大会では内田樹さんが記念講演をされました。その話をされている時、記念講演を聞かずに働く先生方がいることをその方は分かっていました。何とかしたいという想いから、許可を取って音源をCDに焼き、事務局の先生方全員に配ったのです。一番下っ端でじっくり講演を聞いていた私に対してもです。この瞬間、私もこうなるべきだと熱い想いが湧き上がって来ました。人のために働くことの素晴らしさを感じました。

ただ、現実は甘くありませんでした。色んな人のことを考えて行動するということは、人よりも多く働き、人の嫌がる仕事も積極的にするということです。だから、時々自分は何のために生きているのだろうと疑問を抱くことさえありました。人のために生きることは、自分を犠牲に生きることなのではないか。この先の答えは実は見つかっていません。それはきっと、これからいろんなことに挑戦していくことで見つかるのだと思います。

日本国憲法

シェークスピアの言葉に

「今が最悪の状態」と言える間は、まだ最悪の状態ではない。

というものがまさにそうだと思いました。最近はあー最悪だーと呟くことが多くなりましたが、ついこの間まではしんどい、無理、ダメだが口癖だったからです。どうやら最悪を抜けたようで安心しました。

雑談はさておき、今回のテーマは憲法です。安倍総理が2020年という具体的な期日を示して憲法改正に言及したことは様々な所で話題になりましたね。私が憲法も含め、初めて政治について考えをきちんと持ったのは、確か高校2年生の時でした。フェイスブックで友達になっている杉村くんらと東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで政治について熱く語り合ったことがきっかけです。詳しい内容までは覚えていませんが、確か憲法を専門に話し合う分科会と合同で話す機会があって、結論として憲法改正に前向きだったように記憶しています。

私は教員になったので、学校内で憲法について言及する場合、細心の注意を払います。そうは言ってもやはり、憲法改正について賛成か反対かを話すこと自体タブーにしてはいけないと思うのです。賛成ならばどこをどういう風に変えるべきだと思うのか。反対ならば賛成派が納得するような解釈の仕方はどんなものかを話せるようにしておくべきだと思うのです。それが中学生でも高校生でも。

 

丸読みの謎

高校生を相手にしていた時のこと。本文の音読の方法を彼らに聞いていました。

彼らは「丸読み!」と答えていました。「丸読み」とは、文の句点つまり「。」が来たら読み手が交代する音読法です。私はこの音読を中学校の先生が教えているものだと思っていました。小学校ではもっと他の方法があるのだろうと。

ついにそれを確かめる瞬間がやってきました。中学校1年生の音読の時間です。高校生同様に「音読ってどんなやり方がある?」と聞いたら、彼らは「丸読み!」と答えるではありませんか。冷静に考えてみれば小学校で習っていても何ら違和感はないのですが、それならば誰がこの「丸読み」を仕込んだのか。気になります。未だ解明していません。

中学校へ赴任してから、何をいつ身に付けるのかを強く意識するようになりました。私が授業を担当する1年生のクラスでは「敬語を使おう習慣」が担任の先生によって掲げられています。「そうか、敬語は1年生か。」そんな思いを抱きながら日々国語を教えています。